23 捨てられた飼い猫の運命


野良猫たちとさまよったボクの仏教入門 23

23 捨てられた飼い猫の運命

 母猫にこっそり餌を運んできてもらっていた子猫たちもいよいよ独り立ちだ。隠れ場所から世間に出てくる。それからの短くつらい生涯をYさんは淡々と話してくれた。
「親猫は子猫をひきつれて私の餌場にやってきます。もう敵がきても逃げられると判断するわけでしょうね」
 でも、子猫たちはいつのまにか減ってしまう。人間やほかの大きな動物に追われて戻れなくなったり、また、もっと小さい頃はカラスに食べられる。だから、3匹ぐらい猫の赤ちゃんがいても、1人前になるのはせいぜい一匹止まり。「1人前といってもまず3年で寿命が尽きます。ほとんどの子猫はその冬を越せずに旅立っていきます。あんなに母猫が苦労しても守りきれるのは1匹のいのちが限度なんですね」

 飼い猫から途中で捨てられた猫は人間に馴れているぶん、もろい。Yさんのやる餌を抵抗なくがつがつ食べる。他人の餌も信じて食べるのだろう、そして毒入りの餌を騙されて食べたり、虐殺され、死んでいるのをよく目撃する。また、元飼い猫は餌よりも人間を恋しがるタイプもいる。そばによってきて頭をこすりつけるなど媚を見せる。「餌より人に飢えているのでしょうか。あわれでしょ」
いずれにせよ、飼い猫からの転向組は、過酷な自然環境に対応できずに寒さと飢えと虐待でほとんどが1年くらいで死んでしまうそうだ。
 根っからのノラ育ちは、餌選びは慎重で、毒殺されるケースも少ない。「けれど、いずれにせよ両方ともノラは長生きできません。とくにこれからの寒い季節はノラは病気になってすぐに死ぬんです。冬の雨にうたれて、温まることも出来ないから当然でしょ」

 今年の夏はなぜか、公園に捨てられた老猫が多かったという。ノミ取りの首輪をはめているから飼い猫とわかるのだ。「飼い主は、ここに捨てればなんとか餌をもらって生き延びられると思うのでしょうか。悲惨な末路が待っているのに」。
私たち人間も老いてあんなになるのはつらいねえ、猫たちは人間社会を先取りしてみせてくれるのかしら、とYさんは知人に話したら、「老後の金を貯めておけば安心よ」といわれ、むなしい気持ちになった。

もうひとつ。早朝の公園でふえているのは元気な老人たち。ハンター気取りで、ノラ猫を傷つけ、殺している。ゲームのように楽しんでいる。隠れてネコをつけまわし、襲いかかろうとしてそばに人がいるのに気付き、びっくりしてやめたというケースもあった。団塊の世代の大量退職者が退屈紛れにやっているのだろうか、と地元では話し合っているそうだ。

これから寒くなる、冬の早朝の餌やりはいやでしょう、というと、意外にも「冬は暗くて寒いけれど、体を動かすと温まるから楽。夏は痴漢と蚊の対策で、Tシャツに薄いジャンパーを着るんです。暑くてたまらない。寒い冬のほうがいいんです」とのことだ。
ところで1日約50匹の餌やりは心身の負担はもちろんだが、餌代だってたいへんだろう。「いえ、餌やりのおかげで毎日規則正しい生活です。旅行もしないし、ほかにお金がかからないですから」
Yさんは笑って答えてくれないからわが家の場合を妻に聞いた。1日1食、缶詰とドライフードの混合でだいたい1匹あたり150円見当だ。妻の知人は1缶100円ぐらいの缶詰を朝夕やっているから1日1匹200円になる。主人が病弱で決して豊かでない人の身銭である。
東京の友人の話。墨田区の古い小さなアパートに住む中年の1人暮らしの男性は乏しい収入から近くの公園のノラ猫の餌代に月3万5千円を費やす。ちなみに自分の部屋は一間で家賃は2万円だという。

「私のほかにも餌やり仲間はいます。だれもみていないとおもって虐殺する人、だれもみていないところで餌をやっている人。ときどき、せつなくなります。でも、私は仲間にも、そして自分にも言い聞かすんです。<だれかがみているよ。ほら、星がみている、そこの木もみているじゃない>と。私は宗教とは縁がありませんが、なんだかそんな気持ちになるんです」
乾いた笑いを交えながらのYさんの低い口調がよけい強く私に響いてきた。