27 3匹の子猫作戦

ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門  27

27  3匹の子猫作戦

3匹の子猫たちが不妊手術から漏れた。

とりわけボクが心を痛めたのは虚弱児のことだ。唯一の後ろ盾であった母親(人鳴き猫)はわが家の飼い猫になり、カレはひとりぽっちになってしまった。
餌場の小学校裏門にいくと、ほかのネコは集まってくるのにカレは怖がって近付かない。少し離れた溝の中でときどき鳴いている。闇の中なので顔はわからないが、体つきはうんと小さい。かつて花盗人を餌場にしていたチビよりまだ小さいので妻は「極チビ」と名づけた。極チビに餌を食べさせようと近付くと、別の溝へ逃げていく。さんざん苦労したが、そのうち細く入り組んだ溝の奥にはいるとやっと落ち着くのか餌を食べるようになった。
まわりを警戒するのだろう、極チビは溝の奥で沈黙を守っている。そこへボクが近付くと、小さな甘えた声を出す。それがカレの存在のサインで、ボクは真っ暗な溝の奥へぽんと餌を投げ込む段取りである。極チビの餌やりはボクひとりが担当した。だから妻が同じように近付いても声を出さない。ボクしか信用していないのだ。

餌やりの時刻が遅れたときなど、早足で近付くと、かなり手前から極チビの甘えた声が聞こえる。待ちかねているのだ。師走の雨に濡れた溝の奥は寒かろうに、ずっと待ってくれているのかと不憫になる。不妊手術後、こいつをどうするか。家の事情があり、もう飼い猫の追加はできない。友人や知り合いに頼んだが、引き取り手はみつからない。頭の痛い問題だった。

一方、ローソンの2匹の子猫を取り巻く情勢もしだいに寒々としてきた。ビールや冷麦ののぼりが、おでん鍋の大売出しののぼりにかわった。涼みがてらのお客さんにからかわれながら餌をもらっていた2匹は人の絶えた夜、広場のすみっこでポツンと並んですわっている。餌やりのあと、いつも遠回りにみつからないように帰るのだが、その夜はいかにもわびしげで、ボクたちはつい近付いた。2匹のうち、白っぽいほうがちょろちょろこちらに寄ってくる。ボクらを覚えていてくれたのだろうか。妻がローソンから求めてきた竹輪と焼き魚を示しながら外の歩道に誘導した。ついてきた。少し歩いて橋のたもとの陰に置くと、すぐに食べだした。もう一匹の黒っぽいのは歩道の前からこちらをみているが、寄ってこない。白より大柄で強そうなのに。「白はメスであっちはオスなのよ。オスは臆病というから」と妻はいった。

2週間後、3匹の子猫の捕獲作戦に再度挑戦だ。エミさんと、新しい中年女性の2人がきてくれた。まずローソンの2匹から。駐車場の端に竹輪を餌にワナをふたつ設営する。夜の九時をすぎると、人出がまばらだ。師走の風が吹き募る。白い子猫は人懐っこく活発と思っていたが案外細心で、ワナに近付かない。黒い子猫はあっさりワナにはいったが、餌の一部を巧みに噛み千切って外に持ち出して食べ、あとはそばにいかない。猫のほうが賢かった。
私と妻と2人の女性は1時間ほど現場で立ったまま、少し退屈していた。隅の緑地にしゃがんでいた2匹も退屈になったらしく、溝に飛び降りた。新人女性は、竹輪を持ってそっと近付き、溝の上にしゃがみ、ここまでおいで風に竹輪を小さくちぎって溝の端に並べ始めた。
 白は反応しなかったが、黒い方は、背伸びをしながら、前足でそれを取ろうとする。1度、2度、と成功し、竹輪の切れ端を得た黒はさらに3度めにとりかかった。そのとき女性は突如、前足をひっぱりあげ、つかまえた。「早く、かご、かご!」と叫ぶ。予期しないできごとだった。そばに余分な籠などない。エミさんは車から大きな布をもってきて、黒を包もうとしたが、失敗。二人は床に転んだ。エミさんの携帯電話も放り出されている。
女性は右手を引っかかれたり、噛まれたりしてぽたぽた血を流している。顔をゆがめて痛そうだ。洗うため店のトイレを借りた。店員が「猫にやられたのですか?」「いいえ、不注意でちょっと転んで」と女性はごまかした。妻は自宅に医療用品をとりにいった。応急手当をしたあと、エミさんと女性は知り合いの医院に連絡をとり、車で走った。
 
夜、エミさんから電話があり、「ローソンにはこのことをいわないで。猫が排除されるとかわいそうだから。猫は悪くないの。こっちのやりかたが悪かったんだから」と念を押された。