21  虐殺と早死にーー受難のノラ猫

    ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 21 

     21 虐殺と早死にーー受難のノラ猫

 「かわいそうな子猫をこれ以上ふやさないために、餌をやるな」という奥さんの言葉が重くのしかかった。ほんとうをいうと、私も妻も心のどこかで気付いていたに違いない。餌やりだけでは根本的な救済にならないことを知りながら自分をごまかして1夜単位の安堵を繰り返していたのだ。

 ふと頭に閃いた女性がいる。
 もう十数年も餌やりを続けている大ベテランで、私たちのように住宅街でチマチマやっているのでなく、都市公園で常時50匹程度を賄っているYさん。毎朝4時に起きて準備をし、自転車で10箇所を配達して回る。夏場は水や牛乳を用意し、じゃまがはいらないように食べ終わるのを見届けて食器を回収する。往復2時間半、雨の日も雪の日も同じ工程だ。頭が下がるが、ただ、これだけのノラ猫に不妊手術は不可能だろう。出産と捨て猫で、公園はノラたちであふれかえっているのでないか。

 Yさんに聞くと、意外にもそうではないらしい。
 出産や捨て猫でたしかにノラ猫の顔触れは頻繁にかわるが、目測でトータルな匹数はほぼ一定しているという。過酷な自然環境と飢えのなかで赤ちゃん猫は一冬を越せないケースが多い。それに人間による虐殺が後を絶たないからだ。

 とくにひどかったのは3年前、公園内のあちこちで殺害されたノラ猫が散らばり、その数は30匹ほどにも達した。首を切られたり、顔をセロテープでぐるぐる巻きにされたり、口の中に箸を突っ込まれて死んでいる猫もいた。

 「公園内で変質者がうろついている」「被害がノラ猫から人間のこどもにおよぶ危険ががある」「公園を安心できる場所に」「真相が解明されないと安心して子供を遊ばせられない」「犯人をみつけてほしい」とYさんのほかにも何人かが公園管理事務所に申し入れたが、「スキャンダルになって世間に騒がれては困る」とけっきょく、事務所は握りつぶしたそうだ。
 子供を理由もなく殺す犯罪者が、それまでにリハーサルのように猫や鳩を殺していたという報道に私たちは何度も接しているはずなのに。

 ところで、Yさんもはじめは、ノラ猫の不妊手術をしていた。捕まえて獣医につれていくまでがひと苦労で、まずネコを手なずけねばならない。餌を与えながらやさしく接しているうちにだんだんネコは懐いてくる。とくに元飼い猫は人恋しがるそうだ。こうしてネコをゲージにいれ、獣医で不妊手術をして再び公園で放つ。そこまではいいのだが、こういう人懐っこいネコほど悲惨な運命が待ち受ける。人につかまりやすい。そして虐殺されるのだ。
 せっかく不妊手術も済ませたのにーーーYさんは何度かそういうつらい場面を目撃した。いまでは、ネコと仲良くならないほうが、人に懐かせないほうがいいのだ、それが人からネコの安全を守る道、と餌を与えるときもわざとそっけなく振舞う。人に馴れていないネコは餌をもらうとき、「早くしろ」というように前足でひっかいてくる。これなら捕まりにくいだろう。以前は懐かせようとしたが、いまは機械的に与えるようにしている。

 住宅街のネコの餌やりは「たいへんらしいですね」といってくれた。Yさんの知人女性はみつからないように、午前3時にでかける。ところが、何箇所かまわって食器を回収にいくと、食器ごと餌がなくなっている。ネコに餌を与えないように、知人のあとをつけて餌を横取りしていく人がいるらしい。「3時に餌やりにいくのも異常かもしれないけど、その時刻に監視していて、わざわざ餌を取り除いていく人はそれ以上に気味が悪い」とYさんはいうが、公園にもそんな人はいるという。
 Yさんの目の前でネコが食べている食器を蹴飛ばしていく老人。
 散歩させている犬の糞をビニール袋からわざわざ取り出して食器のそばへばらまいて嫌がらせをする年配の男性もいる。
 私は犬も猫も同じように好きだが、どうも猫を嫌う犬派は案外いるようだ。それにしても、せっかく拾っている糞をあらためてばらまくとは! 私も後で書くが、びっくりした経験がある。