301 無限を信じる(23)ウジ虫の独立自尊――福澤諭吉の二刀流

ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 301
301 無限を信じる(23)ウジ虫の独立自尊――福澤諭吉の二刀流

「天の領分に侵入し、その秘密を摘発しその真理原則を叩き、叩き尽して…」と、乱暴とも思える言葉遣いで宇宙・無限に挑む福澤諭吉だが、別の個所では宇宙の広大、精妙、不可思議さに比べれば人間などウジムシ(蛆虫)にすぎないと、『人間蛆虫論』を展開している。

「宇宙を観じ、思えば思うほど、いよいよますます、際限なく、ひとり茫然とする。天の無限に比べてなんという人間の卑小。とうてい人間の知恵では計り知ることができない。」
「地球の万物、上は人類より下は鳥獣草木土砂塵埃にいたるまで、なぜ存在するのか、いったいだれが造ったのか、不可思議というほかはない。造り主を次々さかのぼっていっても最終的な造り主はついにわからない。」

人間とはしょせん「天の前に無知無力、見る影もないウジムシだ、そいつが偶然にも束の間をこの世にお邪魔し呼吸し、眠り、食い、たちまち消えて跡かたもなくなる存在」にすぎない。――これが福澤の人間蛆虫論である。いわば暗の思想である。

ただし、ここから福澤は開き直ったように、逆転の発想をするのだ。
「人間をウジムシと軽視するのは人間の心の本体である。だが、同時にそれを前提にしながらも、この浮き世を精いっぱい独立自尊をめざしてがんばってやろうじゃないか、という心の働きを人間は持つのである」。
〈蛆虫〉から〈独立自尊〉へ180度のUターンである。
人間の圧倒的な無力を痛感する視点をバネに「浮き世を軽く認めて、人間万事を一時の戯れ」とみなすのである。

福澤の表看板である実学(物理学・科学)も独立自尊も、さらにその他もろもろの人間的努力の一切が『ひとときの戯れ』とみなす考え方は、仏教的無常観に近い、と小泉仰教授は書いている。
福澤の本心の根底にはこの無常観と人間ウジムシが横たわっている。現世的な実学はそこから派生するひとつの現象なのだ。世渡りの小道具といってよい。

福澤は宇宙や天をどうとらえていたのだろう。
人間には了解できない対象と見た、さらにこのような天をそもそも創造した主は何者なのか、さらにさらに、その創造主を創造したのは何者なのか、次々とさかのぼっても、最終の『創造主』にはたどりつけない。これは無限、あるいは超越的存在、とさじを投げている。
この正体不明の最終創造主は、キリスト教の説く人格神的存在ではなく、「唯不可思議に自ら然るのみ」、つまりあるがままの大自然であった。
またもし仏教なら、無常観にしたがって、自力修行や念仏で涅槃や浄土への往生(涅槃や浄土はもとより物理的なあの世、という意味ではない。これについてはいずれ詳しく)を心がけるだろう。だが、福澤はあの世ではなく、この世で、「無常だからこそ、敢えてこの束の間を、より現実的に、より思い切って歯切れよく」生き抜くというのである。
この心境は仏教用語の『本来無一物の安心』(こだわらねばならないような固定的実体などもともとない)に通じる。

無常観・人間ウジムシ論・独立自尊のつながりについて福澤はこう述べている。
「人生を戯れと認めながらその戯れを本気になって勤める。勤めるから社会の秩序を成すと同時に、本来戯れにすぎないと思っているからこそ、大事に臨んで動揺しない、くよくよ心配することもなく後悔することもなく悲しむこともない、安心して立ち向かえる」
「人間は本来この世に戯れに来て戯れに去っていくウジムシだ。自分自身を始め万事万物をそのように軽く見ればよい。生まれてきたから死ぬ、ただそれだけの話。」
「浮き世の貧富苦楽、浮沈もただ一時の戯れで、その時を過ぎると消えて跡かたもなくなる。人生は戯れに来て戯れに去っていくだけだが、本当はもはやそういう意識さえ捨て去って無の境地になるのがもっと上等だ」とさえ言い切り、『一切虚無の間に仏徳がある』という表現も使っている。

この間の事情を小泉仰教授は『福澤の二重視点法』というキーワードを使って説明している。
「現実世界の視点に立って真剣に生き抜いていこうとするとき、人はしばしば挫折し逃げ道のない限界状況に陥る。そのとき福澤流でいけば別の視点に一瞬のうちに移り、本来この世はうつろい易い虚無の世界であるという見方に立つ。自分の苦悩など本来戯れにすぎないと軽くみなして乗り越えるのだ。乗り越えた後、再び一瞬にして最初の視点に立ち返り、現実世界を邁進する。真剣に人生を生きながら一方で人生を本来戯れであると自覚している…。」

この二重視点法を福澤自身は『本来無一物の安心』と呼び、「浮世を捨てることはすなわち浮世を活発に渡る根本」と書いている。
クリスチャンでもある小泉教授は「こうした悠々自在の福澤の思想は仏教的無常観と独立自尊実学という二つの見方を統一して安心法をつくりあげた。科学万能を信じつつも、人生を戯れと知り、戯れを真剣に生き抜こうとしたものであった」と結論付けている。(つづく)