259 生老病呆死 (40)毒舌・反権威が売り物の「坊さん作家」2人

ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 259
259 生老病呆死 (40)毒舌・反権威が売り物の「坊さん作家」2人

閑話休題。しんきくさい話が続いたので、気晴らしに悪口でも書こう。
今東光瀬戸内晴美はともに坊さん(女に坊さんはおかしいが)で作家、そして毒舌、歯に衣を着せぬというのが売り物である。ボクはこの二人が食わず嫌い、なんだかうさんくさくて書いたものは何も読んでいない。先日古本屋をひやかしていて、『毒舌 仏教入門』というのをみつけた。著者は今東光、解説は瀬戸内晴美。文庫本で定価200円。スポーツ紙がわりに買って電車に乗った。

瀬戸内晴美さんは先般文化勲章をもらった。今東光さんはもう亡くなったが、ちょっと前までタレント議員になったりして有名人だった。
さて、この本、著者はそれが毒舌と心得ているのだろうか、やたらに乱暴な言葉づかい。そのわりに中身がまるでない。まあ百円玉2個分の仏教の教えぐらいは回収できるだろうとタカをくくっていたが、最後までひとりよがり、毒舌気取りのパフォーマンスで終わった。漫才師が熱演すればするほど、客席は逆にしらける、というあの感じで、丸損だった。

それだけでない、ちょっと不快なところもある。
権威を権威と思わぬ言動を吹聴する一方で、じつは権威を後生大事に自分の箔付けに利用している、そんな個所が散見され、吐き気がした。権威クソ食らえはじつは読者への揉み手かわりのセールスポイントだったのか、商魂の裏返しなのか。ボクのように鈍感な読者にもそれがピンときた。

今さんの反権威パフォーマンスの方程式はまず、けんか相手の権威づけをする。そのうえで、そうした権威がなんじゃい、とこきおろす、というパターンのようだ。しかし、ほんまに自分が損する「権威者」とは決してけんかなどしない。みんなお仲間だ。大したことのない権威者に対してだけ、強がるのだ。

本書からそんな個所をひとつ。
:「インテリと大喧嘩したことがある。新聞記者でかなり上のやつです。これがえらい酒くらって私の寺へ喧嘩を売りに来やがった。これはちゃんとしたインテリです。立派な大学出の、一流の新聞社の記者で、かなり上の方です。『うるせえ、帰れ』と言うなり野郎のネクタイをつかんで、胸ぐらつかんで、そこにあったトンカチで『おんどれのどたまかち割ったろか』と河内弁で怒鳴った。そしたらさすがに酔いがさめよった。『何とか言うてみろ。どたまかち割る』と言ったら『あんたが坊さんだから、もうちょっと悟っているかと思っていたが、さっぱり悟っていないね』なんてぬかしやがる。『バカ野郎。悟っていないから坊主になっとるんじゃ。略。それでまだわからなんだら、もう一発いこか』
そしたら、もうわかりましたと言うて、へたへた座りやがった。」

ボクは新聞記者の知り合いが多いが、こんなバカな記者はひとりもいない。このバカ記者に、インテリとか、一流とか、立派な大学出とか、上の方とか、さんざん形容詞をつけて持ち上げて、そのえらいやつに、わしはこんなに言ってやった、どや、えらいもんやろ、と見栄をきる。石原慎太郎がときどきやりたがる、ヘボ芝居ではないか。それにだまされる客席の存在がせつないが。

一方で、もっと強い権威者にはなぜか、べたべた、めろめろ。弱い権威者と強い権威者で今さんの対応はまるで異なるようなのだ。
たとえばーー
谷崎潤一郎という先生がいましたね。わたしがもっとも尊敬していた作家ですが、いまどきの物知らずな小説家とはまったく違う。和漢洋の文化に通じた碩学でしたよ」。その谷崎先生に呼ばれて天台宗の教えを聞かれたという話が続く。その頁には文化勲章をぶらさげたモーニング姿の谷崎潤一郎と、坊さんの袈裟で正装した今さんうれしそうに並んだ写真が飾られている。
こんなえらい人と今さんは対等なのだぞ!

もうひとつ引用するとーー
「あの湯川秀樹さんが言っておられたが、文学や医学のほうではノーベル賞はわりあいとりやすい。ところが文学で賞をとるのはまことにむずかしい。そのむずかしいのを日本ばかしでなくアジアにおいて最初にとったのがわたしの親友の川端康成でした」。二人で並んだ写真のほか、参議院選挙で当選した今さんが川端さんともども街頭で万歳している写真も掲載されている。
そして、こう書いている。
「(人は」お前はいっぺん参議院に出たりしたがなにもできなかっただろうと言いますが、わたしは坊主で政治をやり、坊主で文学をやることに非常に誇りを持っている」。
「わたしは政治をやりながら、岸信介佐藤栄作その他の連中にもどきどき話してやった」。

困っちゃうな。この人は政治家として何をしたのか、何をしたかったのか。ひょっとしたら議員の権威にあこがれていただけなんじゃないの。それというのも、弟子筋の瀬戸内晴美さんが解説にこう書いているのだ。
「…今先生は天台宗の大僧正であり、東北中尊寺貫主であられたうえ、自民党参議院議員という重い肩書をいっぱいつけていらっしゃったが、偉ぶらず、謙虚で…。略。先生は天台宗の大僧正で、中尊寺貫主で、参議院議員というすごい肩書のお方…」。
重い、すごい、の形容詞付きで参議院議員の肩書が短い解説文に二回も出てくる。
お二人とも、権威に弱いようなのだ。

以上、死者に鞭打つようだが、書いたものは残る。書いたものへの悪口だから許されるだろう。(おわり)