211 宗教と科学(35)サラリーマン技術者が裏付けたビッグバン宇宙

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211 宗教と科学(35)サラリーマン技術者が裏付けたビッグバン宇宙論

 劣勢のビッグバン宇宙論が一気に盛り返すのは1965年である。きっかけになったのはアメリカの民間企業に勤める二人のサラリーマン技術者の発見だ。

二人は衛星通信用の巨大なアンテナを作っていたが、正体不明の電波の襲来に困惑していた。地球上にはさまざまな電波が飛び交う。ラジオなどの通信用、電気機器から漏れるもの、大気中の気体分子が発するもの、太陽や天の川銀河からやってくる自然電波などもある。ただし、これらの電波はすべてアンテナを電波の発生源の方角に向けたときだけ受信できる。ところが謎の電波はアンテナを空のどの方向に向けても受信できる。それも24時間絶え間なく、しかもまったく同じ強さの電波!

じつは前回登場した、ビッグバン宇宙論創始者ガモフはある予言をしていた。「もしかつての宇宙が本当に超高温なら現在の宇宙にその〈名残りの電波〉が満ち溢れているはずだ」。
高温の物体が光と電波を放つのは広く知られている事実だ。そして昔の宇宙はどこも高温だった。とすると膨張した現在の宇宙には「あらゆる方向からやってくる電波」が充満しているはずだというのである。

アメリカの有名な物理学者ディッケはこの電波をとらえようとしていた。ちょうどその時、民間企業の二人の技術者が正体不明の電波と格闘していることを伝え聞いた。ディッケは二人を訪ねた。自分が探そうとしていた電波はすでに彼らによって解明されているのを知る。先を越されて悔しがるディッケ。やがて二人の技術者はノーベル物理学賞をうけた。

この電波は現在「宇宙背景放射」と呼ばれている。宇宙背景放射はビッグバン宇宙論の正しさを示す強い証拠となり、これ以降、ほとんどの科学者はビッグバン宇宙論を支持するようになった。ここまではよかった。
だが、そうは問屋が卸さなかった。ビッグバン宇宙論は、宇宙が卵から生まれたと説明することはできた。しかし、ではその卵はどうやって作られたのか、に答えることができなかったのである。

 ビッグバン宇宙論にしたがって過去にさかのぼると、宇宙の温度や密度はどんどん高くなっていき、やがて宇宙そのものが一点に凝縮される。そこでは温度も密度も重力も空間の曲がり具合を示す曲率もすべてが無限大になるのだ。この一点を宇宙論では「特異点」と呼ぶが、ここではもはや相対性理論を含めたあらゆる物理法則が成立しなくなる。なぜならこの世には「無限大」という数は実際には存在しないからだ。無限大という数値を使って計算したり、方程式を解くことはできない。科学することはできない。

科学が言えるのはせいぜい「宇宙は物理法則が破たんする特異点からとにかく生まれちゃったの。そのあとは相対性理論で膨張しました」という程度だ。こんな中途半端な状態では科学とはいえまい。特異点の存在は科学の泣きどころであり、逆に宗教陣営にとってはまさに「神やどる神秘点」といえようか。

科学者たちは躍起となり新しい宇宙像をひねり出す。
「宇宙は膨張と収縮を繰り返している」とする振動宇宙モデルである。
現在の宇宙が膨張しているのは明らかだから、単純に考えると宇宙は過去にさかのぼるほど小さくなる。だが、温度や密度が無限大になるのは避けねばならない。というわけで、宇宙はある程度まで小さくなると、特異点に達する前に再び大きい方へUターンするのでなかろうかというのだ。このように宇宙は膨張と収縮を繰り返してきた。これからも繰り返すという。いかにも科学に都合がよすぎる。

1960年、天才ホーキングと有名なペンローズ、二人の若い有能なイギリス人物理学者がこの宇宙モデルの嘘を見抜いた。
「もし宇宙が相対性理論に基づいて膨張しているならば、宇宙は必ず特異点からスタートせねばならない。また収縮に転じた宇宙は同じく必ず特異点に帰らねばならない」という特異点定理を数学的に証明したのだ。
再び振り出しに戻った。科学は宇宙の始まりを語ることができない。
やはり宇宙は神の一撃によって始まったのではないか。やっぱり!!
科学者のなかからもそんな声が出てきた。

ローマ法王ピウス12世は法王庁科学アカデミーで「現代の科学は、はじめに発せられた〈光あれ〉の証人になることに成功した。天地創造は時間の中で起こった。ゆえに創造主は存在する」と語った。特異点からの宇宙創造は神の存在証明とも理解されているのである。

この間のいきさつ、科学者のジレンマを、NASA(米航空宇宙局)の著名な研究者ジャストロウは次のように皮肉っぽく表現している。
「科学者は〈無知の山々〉を登っていた。その頂上をまさに征服しようとして最後の岩を越えようと身体を引き上げる。そのとたん、何世紀もの間、ずっとそこに待っていた神学者たちの一団から歓迎の挨拶をされるのだ」
むろん、科学者たちも負けてはいない。次回以降、その逆襲に移る。
(つづく)