210 宗教と科学(34)アインシュタインの挫折と反省

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210 宗教と科学(34)アインシュタインの挫折と反省

アインシュタインは自分の作った相対性理論に基づいて宇宙像を描いてみた。「物体があると、その周囲の空間は曲がる」と相対性理論は証明する。むろん人間の身体ぐらいの大きさでは空間はほとんど曲がらない。地球くらいの大きさでもさほどの変化はない。太陽ほどの巨大な天体になってはじめて周囲の空間は光の進路に影響をあたえるほど曲がる。
宇宙には太陽ひとつどころではない、星の大集団である銀河やその銀河の集団である巨大な銀河の塊が無数に広がっている。これらは宇宙全体にどんな影響を与えるのだろうか? どんな曲がり具合を示すのだろうか?

現在のテクノロジーでは不可能な実験装置を想像して頭の中で行う実験を「思考実験」と呼ぶが、アインシュタインはこれが得意だったそうだ。その結果は「銀河などの物体によって宇宙空間は大きく曲がり、大きさや形を一定に保つことができない」とか「宇宙空間は最終的には収縮してしまい、終わりを迎える」という結論になった。

アインシュタインは頭を抱えた。
なぜならアインシュタインもまた「宇宙は大きさや形を変えずに永遠の過去から永遠の未来まで同じ姿で存在する」という〈静的な宇宙像〉を信じていたのだ。思案のあげく、世界一の偉大な天才科学者にあるまじき振る舞いに出た。自分の理論を一部改ざんしてつじつま合わせをしたのだ。

当初の相対性理論によれば、銀河など宇宙内部にある物体・物質は周囲の空間を曲げ、重力が働き、宇宙は姿形を変え、最終的には宇宙はつぶれてしまうことになる。だがそれはアインシュタイン本来の「静的宇宙像」に反する。この宇宙像に一致させるために、彼は自らの相対性理論の方程式に一項をねつ造・追加した。それは物体の「重力」に対抗するため空間には「反発力」が備わっているという、あの有名な宇宙項を付け加えたのだ。この「反発力と重力」が釣り合い、反発し合って宇宙はバランスをとっているというのである。

それまでの物理学の常識を次々壊していった天才アインシュタインでさえ、宇宙については「静的宇宙像」という保守的な立場を固守したのは興味深い。
さて、この天下無敵のアインシュタインに盾ついた人がいる。ロシアの数学者フリードマンだ。彼はアインシュタインが改ざんしない前の本来の相対性理論、つまり宇宙項のない方程式を使って「宇宙は膨張したり収縮したりするのでないか」という論文を発表したのだ。

アインシュタインは激怒し、「フリードマンは私の方程式を使ったが、計算を間違っている」と言い放った。やがて計算に間違いがないことがわかると、今度は「数学的には正しくても、宇宙が膨張や収縮をすることは物理的にあり得ない」と断言した。数学者だったフリードマン宇宙論にはとくに関心もなく、数学的な可能性を指摘するだけで満足し、ほどなく急死してしまった。それでアインシュタインの宇宙像はしばらく生き続けた。

つぎにアインシュタインに挑戦したのがベルギー生まれの司祭、ルメートルだ。イギリスに留学して当時最新理論の相対性理論天文学を学んだ。そして宇宙項のない相対性理論を元にして「宇宙は宇宙の卵から生まれた。かって宇宙はそれほどミクロだった」という〈動的な宇宙像〉を論文で発表した。
その後ある国際会議で二人は出会うことができた。アインシュタインは足早にルメートルに近づき、「君の計算は正しい、しかし、君の考えは忌まわしい」とだけいって立ち去った。アインシュタインはあくまで静的な宇宙を信じていたのだ。
ルメートルもとくに絶望することもなく自説を信じていた。「アインシュタイン先生は天文学の最新の研究動向をご存じないから、むりもない」と淡々としていたそうだ。

自信満々だったアインシュタインは2年後、ついに打ちのめされる。
1929年、アメリカの天文学者ハッブルは当時世界最大の反射望遠鏡を使った観測結果として「すべての銀河がわれわれから猛スピードで遠ざかっている」と発表したのだ。これこそ宇宙膨張論の裏付けであった。アインシュタインは納得できず、ハッブルを訪ねて観測データの説明を受けた。その結果、アインシュタインはついに「宇宙は永遠不変である」という自説を撤回した。ルメートルアインシュタインに勝った瞬間である。
のちにアインシュタインは「宇宙項を導入したのは私の生涯最大の不覚だった」と述懐したそうだ。

こうしてロシア生まれの物理学者ガモフのビッグバン宇宙論につながっていくのだが、これを反対する学者たちは〈定常宇宙論〉で対抗する。この宇宙論は粗雑だった。しかし、思わぬことからビッグバン宇宙論は守勢に転じる。

当時のローマ法王が「宇宙に始まりがあるというビッグバン宇宙論は聖書の天地創造説を裏付ける正論である」と言明したのだ。宇宙は卵から生まれたとしよう。でも、その卵はだれが造ったのか、ビッグバン宇宙論はそれに答えることができない。ローマ法王はそこに神の存在と介入の余地を示唆したかったのだろう。言い直せば、これは科学の敗北である。神に支持されるビッグバン宇宙論を科学者たちはこのようにして敬遠するようになった。

なお、ルメートルローマ法王の発言を聞いて「科学と神学を安易に混同してはいけません」と法王をいさめたという。しかし、大勢は収まらずビッグバン宇宙論への逆風は吹き募ったのである(つづく)