205 宗教と科学(29)この宇宙が人間向きに出来ている不思議

    ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 205

205 宗教と科学(29)この宇宙が人間向きに出来ている不思議 

 宇宙は、母宇宙から赤ちゃん宇宙、孫宇宙、曾孫宇宙と連鎖し、因果関係・親戚関係が切れて、ばらばらと無数に広がっている。ボクたちの宇宙は唯一でなく、無数の宇宙のなかに転がっている1つの宇宙にすぎないらしい。(201回、202回参照)。

無限に広大な宇宙が、無限な数だけ存在する、こんな想像もできない宇宙像を「マルチバース」という。研究者たちが作った造語だそうだ。ややこしい理屈は面倒なので、勝彦先生の文章をそっくり写すだけにする。
アインシュタインから始まった相対性理論に基づく科学的宇宙論では宇宙は唯一であり、それがビッグバン宇宙として始まり現在にいたっていると考えてきた。物理学の法則に基づいて宇宙の姿や進化の過程はきっちり決まっていると暗黙のうちに考えていた。しかし、(1980年代に生まれた)超ひも理論の宇宙観はこの考えを根底から覆したといえる」

わが国有数の宇宙学者、佐藤勝彦・前東大教授は上記のように「宇宙は無数に存在する。なにもこの宇宙だけが唯一の宇宙でない」と述べた後、再びボクらの住む宇宙のユニークさ、不思議さを語る。何が不思議かといえば、この宇宙は人間向きにデザインされているというのである。この宇宙の物理法則は「人間がちょうど誕生できるように精密に微調整されている」というのだ。

たとえば、有機物質を作る元素である炭素が宇宙で巧みに合成されるようにさまざまな値が決められている。だからこそ生物が生まれたのだ。また、ボクたちは空間が三次元の世界に住んでいるが、もし二次元の世界なら単純すぎてーー口から肛門に至る消化器をもつ生物は存在できない。二次元ならこのような消化器は体を完全に二分してしまうからだ。

では四次元ならどうか。(以下のことは正直言ってボクにはわからない。ただ、勝彦先生の文章を書き写すだけです。)
太陽系のような惑星系は不安定で存在できない。物質を作っている原子も同様に不安定になり、原子や多様な分子は存在できない。惑星も一定の軌道を回ることはできず、太陽の周りを運動させたとしてもスパイラルを描いて落下してしまう。
そして優れた科学者である勝彦先生は潔くこうおっしゃる。
「『宇宙は人間が生まれるようにデザインされている』というようなことは、科学者としてはまったく認めがたいことであるが、あたかもそのように宇宙が作られていることは事実なのである」

科学者のなかには合理性をいうくせに、自らは強弁、ごり押し、独善、頑迷――つまり非合理の人も珍しくない。さすがに勝彦先生のような一流の科学者は違うなあ。

さて、次に勝彦先生が持ち出すのは『人間原理』という言葉である。ありふれた言葉のように思うが、最近は物理法則の異なった宇宙が無数にあると説明する時に専門的に用いられるそうだ。
たとえばこんな風であるーー「認識主体が生まれない宇宙は、その存在自体が認識されない。人間の生まれる宇宙では〈宇宙は人間が生まれるようにデザインされている〉と感じられることになる。つまり、宇宙やそれを支配する物理法則は人間が生まれるように作られている。この考え方が〈人間原理〉だ」
しかし、勝彦先生によると、人間原理とは「宇宙は人間が誕生するように創造されたという原理」と間違って説明されることが多いという。

この個所になぜこのようにこだわるのか。初めは合点がいかなかったが、読み返してわかった。両者の説明に「神」の有無がひそんでいるのだ。科学者の勝彦先生はそれが見逃せないのだ。つまり、後者の〈間違った〉説明には「宇宙は唯一であり、それは人間の為に神が作り給うた」、というニューアンスがある。

これに対し〈正しい方〉の前者は「無数に存在する宇宙のうち、たまたまこの宇宙には人間が生まれるような条件がそろっていただけなんだよ」というニューアンスがある。この宇宙は人間の誕生を目的にだれかによって造られたものではない。たまたまそうなっただけの話というわけだ。この説明には意味ありげな宗教的雰囲気は切り捨てられている。

人間原理とは人間を主軸に宇宙を推測する考え方をいうのだ。だから、勝彦先生は「人間原理」は「知的生命体原理」と改称すべきだという。宇宙は決して人間中心ではない。
「人間とはたかだか銀河系の中に無数にある惑星系のひとつの太陽系に誕生した知的生命体の一つにすぎない。他の惑星系にも人間に類似した生命もいるかもしれないし、惑星系でなく予想もできない天体で予想もできない種類の知的生命体もいるかもしれない」とSFまがいのことを書いている。

勝彦先生は、科学的研究に対して人間原理を安易に適用するな、それは科学研究の放棄だ、と強い調子で言った後、「しかし、私たちの宇宙がなぜ現在の物理法則をもつのか、人間原理のほかには説明する方法がない。これは不思議だが、私たちの宇宙は無数の宇宙の中で偶然そのような物理法則と次元の宇宙だったので、人類が生まれ、いまその宇宙を認識しているのである」と悔しそうに書く。
この不思議さ。まさにそこに宗教的なものが介在するのでないか、と宗教陣営は突っ込みを入れるに違いない。(つづく)