202 宗教と科学(26)宇宙は雨後のタケノコのように増え続けている

    ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 202

202 宗教と科学(26)宇宙は雨後のタケノコのように増え続けている!?

前回の『宇宙の赤ちゃんは無数にいる、われわれのこの宇宙だけが〈唯一絶対の宇宙〉でない』という佐藤文隆京大名誉教授の言葉が気になる。ボク自身の知識がないので、あちらこちらの本を引っ張り出すのに忙しいのだが、197回にちょっと引用させていただいた、名高いもう一人の佐藤さんーー前東大教授の勝彦さんの著書『宇宙論入門』(岩波新書)にこのくだりがやや詳しく書かれている。

前後関係は一切省略して、おおざっぱに要点を抜き出すとこうなる。
「宇宙の赤ちゃんはやがて急膨張――インフレーションを起こし始める。すると赤ちゃん宇宙にキノコのように小さな宇宙の元が派生し、それがインフレーションのプロセスで分離してしまうことがあり、それが新しい空間すなわち別の宇宙となっていく」
(この本には挿絵が描かれている。キノコは女性のおっぱいのように丸く膨らみ、元の宇宙から無数に出てきている。)

「キノコの茎にあたる部分、すなわち元の宇宙と新しい宇宙をつないでいるくびれた空間は〈ワームホール〉という時空構造をしている。元の空間からワームホールを見ると、ブラックホールに似ている。しかし、さらに内部に向かっていくと、空間は徐々に狭まっていくが、あるところを境に逆に広がり始め、ついにインフレーションを続けているいわば孫宇宙に行き着く。ただし、ワームホールブラックホールと同様にその両側は通行不能で二つの宇宙は相互の因果関係が切断され、まったく別の宇宙となっている」

勝彦さんはここで読者に息抜きをさせようというサービス精神からか、中国の「一壺天」という古い話を挿入している。漢の時代、塔の上から都を眺めていた費長房という人が薬売りの老人に気付いた。老人はこれで店じまいというときに、店先においてある壺の中にひょいと入ってしまった。老人は仙人だったのだ。次の日、費長房は仙人に頼んで壺の中に入れてもらった。そこには広大な別世界が広がっていて、美酒と山海の珍味が満ちている。――幼児のころ、寝つきの悪いボクに父がよくしてくれたお話だ。要するに、ワームホールの入り口はブラックホールにしかみえないが、中に入ると広い別の宇宙が広がっているのである。

孫宇宙が分離せず、2つの宇宙がつながったままの場合、へその緒(ワームルーム)はどうなるのだろう。天才ホーキングは、量子論的発想でいけば、ブラックホールは長い時間の間に蒸発してしまう、と証明した。それなら似たようなワームルームも同じ運命をたどるだろうというのが現代物理学者たちの説のようだ。こうしてふたつの宇宙という空間は因果の関係も切れ、さらにワームルームの蒸発によって時空としても完全に切れたことになるという。

赤ちゃん宇宙は成長して新しい孫宇宙を生むことで母宇宙となる。孫宇宙もまた同じように新しい宇宙を生む。この連鎖が続き、次々赤ちゃん宇宙が誕生していく。このように宇宙は無限に作り続けられているかもしれないと最新の宇宙論は語るのである。
ところで、因果関係の切れた宇宙がつぎつぎ無限に発生していると言っても、それをだれが実証できるのか。この宇宙の住人である人類がどうして因果関係の切れたよそ様の宇宙の存在を理論的に原理的に科学的に突き止めることができようぞ。もし他の宇宙の存在を知ったとしたら、それは因果関係があることになり、われわれのこの宇宙の一部にすぎないということになるではないか。――素人でもわかる屁理屈反論だが、勝彦先生も実際にそのように書いておられる。

そしてこうも書いている。
「インフレーションは宇宙が平坦で一様であることを説明するとされているが、これは観測的に知られている程度の領域のことであり、はるか彼方の、たとえば一兆光年先、一京光年先はむしろ凸凹だらけで〈壺型のワームホール〉を通じて別の宇宙とつながっているかもしれないのである 」

次回に紹介する暗黒物質や暗黒エネルギーなど宇宙はわからないことだらけなのだ。相対性理論量子力学の2大発見でやっと宇宙解明の手掛かりをつかみかけているということか。

英国ケンブリッジ大学クイーンズカレッジ前総長で、英国国教会司祭でもある理論物理学者ポーキングホーンはいう。
ニュートン以来、力学の特徴となってきたのは物理現象の記述を明快におこなうことと、決定論(何事も原因によって結果が決まるという考え方)を決して侵してはならないということだった。アインシュタイン特殊相対性理論は革命的ではあったが、この2点はニュートン力学の尻尾を引きずっていた。しかし量子力学は百%覆した。物体が明快な、一意的な軌跡を描いて移動するという考えを捨て去り、代わりに『自然界は気まぐれ的な性質がある』という考え方を導入した。その結果、専門的な物理学者たちもいま混乱しており、相互矛盾する哲学的立場を現代物理学が弁護するといった事態も生じている」(『量子力学の考え方』講談社

最新最強の科学である量子論はむしろ科学より宗教に近い一面をもつ、という意外な幕開けのようにボクは受け止めた。最近の気の利いた仏教書などには量子論の発想がひんぱんに登場しているのも、むべなるかな、である。このことはいずれ紹介するが、当分は宇宙論を続けよう。(つづく)