135  老猫に暖を与えた?子猫、風車をつけられ?目が変形した老

ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 135

135  老猫に暖を与えた?子猫、風車をつけられ?目が変形した老猫 

『三毛』
春、橋のたもとの空家にノラとして生を受け、夏の終わり、千里川の堤を子猫グループの先頭を切って走りまわり、花の咲き乱れる庭先を仮の住処とし、晩秋のころ、野外ガレージの車の下を転々とし、正月は古いアパートの軒下に出没し、再び橋のふもとへ戻って、果てた。6年たらずの三毛の生涯をボクらはずっと付き合ってきた。

こどもの三毛は意地悪だった。溝の中に餌を分散して与える。数匹が飛びつく。同じ餌のかたまりを一緒に食べるノラたちが多いのに、三毛は自分の餌に仲間が近づくと、唸り声を出して警告し、寄せ付けなかった。その強欲さがはじめ好きになれなかった。しかし、ボクらがどんなに遅くなっても決まった場所に必ず待っている律儀さ。寡黙さ。軍馬のように規則正しい歩き方。だんだん三毛ファンになっていった。

亡くなる1年ほど前から三毛の食いっぷりが悪くなった。餌を待ちかねたように食べかけるのだが、いざとなると食べないで、いつまでもボクらのあとについてくる。「餌より私らと一緒にいたいのじゃないの?」と妻はいった。帰るに帰れず、月明かりの下でしゃがみこんで三毛と向き合っていたのが思い出される。不妊手術はしたのだが、もう年齢なので、別のノラを引き取った。見放したような罪の意識がこちらにもあった。

エイズで歯痛かもしれないといわれ、妻が特製の柔らかい餌を作ったら、ずいぶん久しぶりに声をあげて食べた。そんなことが2日続いた。3日目。三毛は餌場から離れた外灯の下で行儀よく座って動かない。明かりの下でみる三毛はぼろ雑巾のようだ。ノラ暮らしの厳しい歳月がしのばれた。妻が抱き上げて餌の前に降ろした。しかし、三毛は後ずさりした。三毛がボクらに体を触らせたのは6年間でこれが初めてのことだった。気になったが人目がある。そっと立ち去った。帰りながら妻は「びっくりするぐらい軽かったわ。もうだめかもね」といった。そのとおり翌日から三毛は消えた。「ノラは最後の別れのとき、挨拶にくる」という近所のおばさんの話を思い出した。1か月ほど陰膳のように餌を持って通ったが、2度と三毛の姿をみることはできなかった。「1度だけ三毛の頭を、かわいいね、と撫ぜてやりたかった。ノラだからだれにもそんな言葉をかけられず逝ってしまったのね」と妻はいまもときどきそんなことをいう。

『チビ黒』
晩年期の三毛に付きまとって餌を失敬する新参の黒いチビっ子。神経質な三毛はほかの猫が近づくと、去っていったが、こいつだけは例外だった。2匹で仲良く並んで食った。自分の餌を横取りされてもそばで見ているだけだ。2匹とも寒風の吹きぬける橋の下から前後して姿を見せる。妻は「三毛はチビ黒と抱き合って、温めてもらっているのじゃないかしら」といいだした。まさかと思ったが、親子のような睦まじさだ。

しかし、三毛の最晩年、亡くなる1か月前ぐらいからチビ黒は三毛のもとを去り、少し離れた農地の隅っこに出没するようになった。雨の日も濡れながら木陰や農家の軒下でうずくまっているのを見るのは切なかった。犬を連れて散歩している老夫婦がおもしろ半分に犬を放して追わせるのを目撃したこともある。餌をやると、大はしゃぎでお尻をあげ、肛門をむき出しにして食べる姿がいまも焼き付いている。ただ、こいつは三毛ほどボクらに義理立てせず、通りがかりの人にじゃれてついていくようなところもあった。

ある夜、近くの問題のある女性が、ノラに餌をやるな、とヒステリックに叫びだし、110番通報。パトカーとオートバイで4人の警官がかけつけ、ボクは取り調べを受ける羽目になった。翌日から問題女性を警戒し、少し離れた橋のたもとにチビ黒を誘導して餌やりを続けたが、ノラはつぎつぎと果てしなく出現する。こいつも不妊手術をしないと、と思うと気が滅入ってくる。そんなとき、いつものように餌をやりに行くと、チビ黒が橋の上でほかの猫と交尾しているのを見てしまった。ボクはすぐにUターンして2度といかなかった。唯一、ボクが棄てたノラである。妻は「やきもちじゃないの?」とからかった。

 『黄色い毛並の大旦那』
 馴染みのノラに餌をやっていると、見知らぬ猫がのこのことやってきて食べようとする。肥って動作が鈍く、こわがらない。なぜか他のノラたちもこいつをこわがらない。でかい図体、黄色い毛並、高齢、悠揚。いつの間にか仲間入りしてしまった。餌場は幼稚園の門の付近。ほかのノラはどこかに身をひそめているのに、こいつは外灯の真下で身づくろいをしながらボクらを待っている。餌を置くと、自分の餌を離れて隣のノラの餌に近づこうとしたりする。抱いて押しとどめたこともあるが、ちっとも抵抗しない。ボケ始めた大店のご隠居、大旦那みたい、と妻がいった。
 
大旦那は気まぐれで、雨の日も待っているかと思えば、一週間も欠席したりする。ある夜、首輪をはめていた。やっぱり飼い猫だったんだ。
やがて首輪はとれたが、今度は左顔面に風車のようなものが刺さっている。そのころ、寝屋川市で背中に矢を突き刺されたまま歩いているノラ猫が保護されたと新聞に出た。不気味だったが、確かめるのが怖かった。
激しい雨がやんだ夜、出かけると、待っていて、電柱に頭をこすって歓迎してくれた。そのとき、風車はなかったが、左目が変形していた。どきっ!とした。そして見違えるほど痩せていた。

その日、大旦那は見当たらなかった。帰りかけて、ふと振り返ると、少し離れた道の中央でぎこちなく座っている。近づいていくと、向こうも向ってきた。幼稚園の門の中に餌をいれてやったが、入ろうとしない。お尻を捕まえて餌の前に連れて行き、住民にみつからないようにあたふたと立ち去った。帰りながら妻は「病気かしら、老化かしら。足取りがよたよたしてなんだか変だった」といった。これが大旦那の姿を見た最後だった。(つづく)