96 動物実験(28) 実験犬シロのドキュメント その3 

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96 動物実験(28) 実験犬シロのドキュメント その3 

実験犬シロをめぐってはからずも浮上した研究者たちのこのような非人間的な態度、姿勢、モラルはなにもここ東京国立病院に限ったことではない。断片的には内部告発などであちこちから報告されている。

シロ事件は日本の動物実験を取り巻く共通した病弊、病根の、ほんの氷山の一角であることが大きな問題だ。

飼い主は簡単に犬猫を捨てる、行政は飼い主に捨てられた犬猫を安価に研究施設に払い下げる、これら犬猫は個体差が大きく、病歴なども不明であることから精密な実験には向かない。「雑犬」として単に研究者の手先の訓練や、教育実習用など残酷で無意味な実験に大量に無造作に使い捨てられている…。

雑犬は実験用に重宝といったけど、それはおもに手先の訓練や実習用の、いわば使い捨て用に重宝なのだ。そして安価に手にいくらでも入手できる。これらの要因がいっそう研究者たちの非人間性、残酷さ、命への無関心を増幅させる側面でもあろう。当時、実験用犬猫の9割は飼い主が捨てた元ペットだったというデータがある。

ともあれ、シロという一匹のみすぼらしい子犬は、先進国の中では異常に遅れていたわが国の動物実験のありかたに一石を投じる生きた証拠となった。

否応のない生きた証拠を旗印に、野上さんらは国立病院の監督官庁である当時の厚生省に動物福祉の強化と動物実験に対する倫理の確立を求め、シロを払い下げた東京都に実験用払い下げをやめるように要求した。

マスコミでもシロ事件は大きく報道された。国も都も生きた具体的な証拠をつきつけられて弁明も逃げ道も塞がれた。野上さんらの要求を認める方向で検討をはじめた。

都は同病院への払い下げを止めることを明言しただけでなく、「家族同様に飼われていた動物を実験用に払い下げるのはたしかに人道上しのびないものがある」と、他の病院その他にも払い下げを廃止する方針を打ち出した。

病院側はシロ事件後もかたくなな姿勢を崩さなかった。他の犬たちにシロがかかっていたカイセンという伝染病が広がっても獣医師にみせず、消毒や衛生管理は放置されたままだった。

しかし、病院にはマスコミで実験の実態を知った人々からの抗議や非難が連日殺到し、病院側の改善を求める署名が二ヶ月足らずで1万人を超えた。この時点でやっと病院側も非を認め、つぎのような回答を発表した。

: 手術後の管理が不適切だったことは認める。

: 脊髄の神経切断の実験は今年度で終了する。当面その後の実験計画はない。

: 今回の実験においては手術のあと、傷口を手当てすれば後遺症もなく生存できる。従ってシロは
実験後、殺さず生かしておくことも考慮中である。

: 犬舎での病気の発生については獣医師に見せ、現在治療中である。

 このほか、犬の檻の床も半分にはスノコを敷くことを約束した。
野上さんらは「脊髄の神経切断という大手術のあと、激痛の犬たちが金属の棒状の床で足を挟まれながら横たわるという悲惨な状況だけでもこれでなくなる」と小さな安堵をした。

さて、その後のシロの運命を報告しておこう。
動物保護団体の人たちに救出され、動物病院で手当てを受けたシロを返すかどうかで、病院と保護団体の間で意見が対立した。病院は警察に被害届を正式に出してあくまでシロの返還を求めた。シロを入手した価格は都に払った手数料1300円ではあるけれど、「実験をしたことにより付加価値がついた。200万円相当額である。返さない場合は、損害賠償請求も辞さない」と主張。

野上さんらは「手術後もろくに見に来なかった。ほったらかしでボロボロになっていた。手術の傷口のほか、伝染性の皮膚病にかかっていたのに、頼んだのに獣医にもみせなかった。みるにみかねて緊急的に救出した。病院の現状は何も改善されていないのだから、いま戻せばシロは死んでしまう恐れがある」と受けて立った。
しばらく係争は続いたが、91年8月、病院はすべての動物実験を廃止したことにともない、シロの所有権を放棄した。
(次回につづく)