95 動物実験(27) 実験犬シロのドキュメント その2 

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95 動物実験(27) 実験犬シロのドキュメント その2 

医学のため、健全な身体に「手術」を受け、傷ついて小さな檻に横たわっている白い子犬を野上さんらは「シロ」と名づけ、たびたび訪問した。見るたびにシロは弱っていった。手術は脊髄の神経を切断するというもっとも苦しいもので、無惨な傷跡のほか、皮膚病がひどくなっている。全身から毛が抜け落ち、赤い皮膚がむき出し。わずかに毛が残っているのは首輪あたりだけになった。研究者にとって、使い捨ての廃物なのだ。

「おじさん、このままではシロは死んでしまう。獣医さんにみせてほしい」
でも、あのやさしいおじさんも「いままでだって、こんなことは何回もあったんだ。なにをいってもだめに決まっているよ」ととりあってくれない。

約2ヵ月後、みるにみかねて仲間がシロを実験棟から連れ出し、動物病院に診せた。そのときのシロの状態はーーー。

立つのがやっと、立ちかけるとすぐによろける。ひざに抱いても身動きひとつしない。

耳はカイセンによるかさぶたで固まっている。右耳の先は壊死状態で失われている。

全身の皮膚は赤く、手足の先が腫れている。

脊髄手術の跡にはタコ糸が抜糸されずに残っていた。その傷口が化膿し、膿がいっぱいに広がっている。膿を出すために片方を押すと、体の反対側の傷口からも膿がにじみ出る。

手術の後遺症で、左の前足は逆側に曲がって歩けないし、左後ろ足も自由に動かせない。

皮膚病で全身がかゆいのに、かくこともできない。
尾も振れない状態だ。

じつは野上さんらはシロを保護したとき、あまりに痩せてみずぼらしかったので年寄りの犬とおもっていた。けれど、歯を調べるとまだ1歳未満の若いメスとわかった。

そのほか、シロは頭蓋骨の一部が陥没していた。これはここへくるまえに殴られた跡らしい。かわいそうに飼い主にも暴行されていたのだろうか。

「シロは私たちの目の前に現れるまで、どこで、どんな人に飼われて、どんな扱いを受けていたのでしょう。彼女はただ悲しい目をしているだけで、一言も話さないけれど」

野上さんらの追跡調査がはじまった。
調べていくうちにシロの身の上のいろいろな事実が明るみになった。シロは1歳未満で飼い主によって東京都動物管理事務所へ不用物として持ち込まれた。そこでは「殺処分」か「実験用」かに振り分けられる。

おとなしい無傷な犬は実験がしやすいし、データも役立つ。
そうでない犬は殺処分に決められる。
温和で健康体のシロは実験用に選ばれて数日後にこの病院へ1300円で払い下げられたのだった。そして90年9月17日、不潔な実験施設内の手術台の上で脊髄神経を切断してその経過をみるための実験の道具とされたのだった。

手術のあと、シロはタコ糸で荒々しく縫い合わされ、すぐに檻に戻されたが、術後の激痛に鎮痛剤もうたれず、傷口が化膿しても手当されず、伝染性の皮膚病にも放置され、いや、それよりこの担当医師は手術後、一度だってシロの様子を見にきていなかった。

おじさんの話では、傷ついたシロは金属の棒状の床に足がはまって横たわったまま身動きできずもがいていたという。むろん、シロだけでなく、これまでにも多くの犬が術後の管理の悪さのために苦しみながら死んでいったということ。

「どうせ、払い下げの雑犬だ」「どうせ殺処分になる犬だから」という感覚がこの無関心と冷酷に結びついたのだ。

さらに驚くべきことがわかった。
シロを実験した医師はこれまでに20頭の犬を実験に使ったが、手術の準備段階の失敗や術後の手当をしなかったことなどから6頭もムダに死なせていた。

また、この病院では過去五年間も動物実験をおこないながら何ひとつ研究報告が書かれていない。実験した犬たちの個体ごとの記録も術後の経過も何ひとつ書かれていない。
ここの研究者たちは「動物の保護及び管理に関する法律」(当時)の存在することさえも知らなかった。
(次回につづく)