85 動物実験⑰ 永久に眠れない猫

     ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 85

85 動物実験⑰ 永久に眠れない猫 

動物実験に驚き、憤り、反対する一般市民の声をもう少し紹介しよう。あわせて、実験擁護派の手紙も2通あったので並べて掲載する。

研究者側とのインタビュー欄のカットには頭蓋骨に電極を挿入された猫の写真を使った。猫は電極の刺激を受け続け、永久に眠れない状態にされて、各種の実験を受けるのだ。電極の冠をかぶせられた猫の悲しそうなつぶらな目がこちらをみつめている。

「猫の写真をみて少し泣いたあと、気持ちを取り直して手紙を書いています。私の健康が多くの動物の犠牲に寄って成り立っていることを考えると自分の存在が許せなくなります。

『あなただって医学の恩恵を受けているでしょう』といわれれば、ぐっと詰まる。そして私からも研究者に反問したい。『あなたは今の医学のままでいいのか、と』。ちょっと考えれば医学のマイナス面も大きい。私はもうたくさんだ。はてしがない。これまでの自分を恥じ、動物実験はいらないと叫びたい」=滋賀県守山市、徳網容子

「命あるものはみな同じ魂の重さを持っているとおもう。今ではすべてが命あるものでさえも人間の所有物になってしまった。頭のいいものの勝ち、といってしまえばそれまでだけど」=兵庫県伊丹市、中島貴子

「人間が世の中で一番えらいというなら、人間しか持たない慈悲の心を持つのが当然でしょう。実験動物の運命をおもうと、私自身生きているのが罪深く、悲しくなる。暗いトンネルに入りこんだ気持ち」=兵庫県明石市、石田由美子 

「まるで『オレはお前たちのために動物を殺しているのに、反対するならもうお前たちを助けてやらない』という意味の発言をしていた研究者がいましたね。そんな人に私は助けていただかなくてもいい。それで私が死んでも結構です」=大阪府枚方市、鬼村菊江

擁護派2通のうち、1通はもう年配の高校の生物教師だった。
「われわれは動物実験を経て開発された薬や医療技法をいっさい拒むことができるだろうか。
焼き鳥、ハンバーグ、ハムを食べるとき、その動物の飼育から食肉処理に至る過程をどう考えるか。

ハイウエーができ、シカ、クマ、タヌキなど野生動物は悲しんでいるが、われわれはハイウエーの建設を認めず、利用しないのだろうかーー。
動物実験も含めた研究の積み重ねの上に近代医学が成立していることも忘れてはならない」

上記の趣旨が6枚の便箋にびっしり書かれている。よく見ると、小さな字で添え書きがある。

「獣肉、鳥肉。小屋に閉じ込められ、監禁、強制肥育。食肉工場へ引率されるとき、牛や馬は涙を流すという。」

「豚はもう目もあけず、頭がしんしんなり出した……いったいこの物語はあんまり哀れすぎるのだ」

問い合わせると、その初老の生物教師はしわがれた、少し沈んだ声で次のように話してくれた。
「豚の物語はーー宮沢賢治の『ブランドン農学校の豚』という童話から抜書きしました。食肉にされる前の豚の心理を描いたくだりです。賢治はある時期から菜食主義者になりました。病気になり、医者からかしわをすすめられたときも拒みました。人と動物の共存を選ぶのは覚悟がいるんですね。人が生きていくのもつらいことですね」

宮沢賢治は<世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸せはあり得ない>とどこかで書いています。ぜんたいのなかには、むろん、動物たちもはいっているのでしょう。かなしい、やさしい、そしてそんな日は永遠にあり得ないことを知っている、絶望も伝わってきますね。

生物教師の手紙には、この世に長く生きている人の含蓄がうかがえる。通り一遍の実験動物擁護派ではなさそうだ。しかし、いわばこういう識者の、分かっているが現実はねえ、的な物分りのいい一件落着パターンが、じつは獅子身中の虫であることを強調したい。この人の苦衷を察しつつも、ボクは近い回で反論させていただく。

ついでにもう一通。こちらは国立大学院生らしいが相当にレベルが落ちる。「メーカーは金の力でじつに残酷な実験をしている。国立大学は真理研究の場で、ひどいことはしていない。一般に公開しないのは素人にはわからないからだ。もっと大學に金をくれるならともかく素人が大學に口出しすべきでない」   

本人は無邪気で、案外気のいい若者かもしれないが、ちょっと思慮が浅すぎるねえ。それに研究費は乏しいとはいえ、税金で賄われているんだよ。市民は納税の義務があり、それがどう使われているかチェックする権利もあるんだ。  

意識のすすんだ諸外国では、一般人も加わった委員会で実験の目的や方法をチェックし、残酷、不合理な実験をさせない、研究費をあげない。日本の素人だって残酷さや動物福祉のことはわかるよ。
科学を水戸黄門の印籠のようにふりかざしたがる専門バカに成長しないようにね。(住所・お名前は当時のまま)