80 動物実験⑫ 研究者性悪説を採用する欧州

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80 動物実験⑫ 研究者性悪説を採用する欧州

「医学の恩恵」「科学の進歩」とは多くの研究者が動物保護活動家に突きつける決まり文句の1つである。野上ふさ子さん(当時、動物実験の廃止を求める会事務局長)は次のように話した。

動物実験を否定するのなら新幹線にも乗るな、という研究者のせりふをよく耳にします。私たちは科学を否定しているのでなく、科学の持つ過ちの側面を問題にしているのです。科学は万能か、そのあり方は正しいのか、それが今問われている時代でないのでしょうか。

例えば水俣病の例を思い出してほしい。密室の中で暴走しがちな科学や技術の行き過ぎを明らかにする、まして、動物はわれわれと同じ生き物でしょ。市民の目からみて改めるべきは改めるというのは当たり前のことではないですか」

野上さんは個人的には動物実験は廃止すべきだと考えているが、現実的な団体運動としては情報の公開と法による規制を求めていくそうだ。

さて、実験動物の福祉に長年取り組んでいる前島一淑教授にせっかくお会いしたのだから、この際、一歩踏み込んで聞いておきたい。

―――欧米の法規制のあらましと、それについての批評をお願いします。

前島教授「世界的に医学研究者と動物実験に抑制を求める人たちの間には三つの合意点があります。
1、 使用する動物の数を減らす。
2、 動物の苦痛を減らす。
3、 動物に頼らない代用物を工夫すること。

英語の頭文字をとって<三つのR>と呼ばれています。

これを前提にしての話ですが、欧州では国や地方政府が実験施設、実験者、それに研究課題についても直接関与し、ライセンス制度を実施しています。
これはまあ、研究者性悪説の発想ですね。国が道徳・倫理を押し付けている印象でしょ。厳格性という意味では評価できるが、形式的な官僚主義に陥る危険があります。

一方、米国は各研究機関の実験委員会と中立的な非政府機関に多くを任せています。委員会のメンバーには外部者を加えることが法で定められており、法律家、牧師、主婦、野生動物の保護活動家なども入っているのが特色ですね。実験後の報告義務も課せられています。日本も米国方式がいいのでないか。

わが国の動物実験施設の管理責任を負っている人々の過半数は日本の動物実験の福祉に関する法規制に不備があると考え、法改正を望んでいると思う。」

―――取材してみて、研究者にもいろいろいらっしゃることがよくわかりました。意外に実験動物の福祉に無関心な方が多いのにびっくりしました。

前島教授「一部からは強い反対意見が出されるかもしれないが、研究者もまた社会の一員です。社会の意向を無視することはできないでしょ。
それに、日本は国際社会の一員であるから、すでに声高になっている実験動物の福祉に関する欧米の批判を退けて独自の道を歩むことはできないはずです。欧米の医学界が受け入れた実験動物の苦痛軽減への動きにわが国の医学会も従わざるを得ないだろうとおもっています。」

―――実験動物の苦痛についてわが国でも先年のシンポジュウムで人の苦痛との相違などが討議されましたが、すっきりした規定が出なかったようです。この点、欧米の考え方はどうなのですか?

前島教授「欧米ではヒトの苦痛は動物にとっても苦痛である、という合意ができています。日本で論じられていることはすでに決着ずみです。それはたぶん、ダーウィンの進化論以来、自然科学界、人文科学界、宗教界を巻き込んだ論争を続けるうちに徐々に醸成されたものでしょう。

実験動物の苦痛に関する規定も明確で具体的ですね。
米国では<倫理的基準に基づくヒト以外の動物種を用いた生物医学実験の分類>があり、このなかで実験動物が被る苦痛は五段階に分けられ、動物実験を承認するときの判断材料に使われています。
ひどい苦痛を与える実験はむろん許可されないが、このカテゴリーはヒトの苦痛度から類推したものにちがいありません。

英国でも『ヒトから隔たった動物が科学的処置を受ける際の痛み、苦しみ、不快の程度を測るのはむつかしいが、(明らかな証拠がない場合)動物にもヒトが感じるのと同様の苦痛があると考えるべきである』とされています。」

やっぱり、動物語はわからなくも、動物にも苦痛が存在することを人間はわかってやらねば。ねえ、安東潔さんよ。