77 動物実験⑨ 私は神様だ、神様っていいものじゃない!! 

     ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 77

77 動物実験⑨ 私は神様だ、神様っていいものじゃない!! 

動物実験の関係者の発言はタテマエで塗り固められて隙間がない。100%正義の仮面をかぶっている。なにしろ、密室の作業だから第三者には突っ込むデータが皆無だ。だからいつも彼らは正しい。内部告発で闇が照らされて、初めて残虐非道の実態が表面化するのだ。

そんな中で、A教授は動物保護の活動家の間でも良心的な学者、で通っている。前回の冒頭にあげたような研究者側に不利と思われるホンネをいろんな会合で打ち明けている。数少ない動物派、貴重な人材だ。それを踏まえてボクの取材もうまくいっていた。が、最後の場面でついにボクはその大事な人を怒らせてしまった。いま思い出しても忸怩(じくじ)とした気持ちに沈む。
そのインタビューの顛末。

――われわれは人間で、動物になりきれないからよくわかりませんが、動物に苦痛がないとは考えられませんねえ。

「私が接したすべての実験動物たちは程度の差はあっても苦痛を感じていたと思う。が、例えばペットの飼い主にみられるように動物への感情移入が強すぎるのも混乱を招く。

うみ(膿)で汚れた自分の動物を見て重度の苦痛を伴う病気に違いないと思い込んでいる場合、汚れた毛を刈り取るだけで飼い主の精神的動揺が解決することが多い。飼い主が感じる苦痛の中には感情移入に基づくものも多い。獣医学的に見て誤った知識や誤解があるのだ」

これはよくわかる。動物の保護・福祉活動をしている人には、思い込みや感情のあふれすぎるケースをよくみかける。話の真偽を確かめることもせず、又聞きしただけで、「わー、かわいそう」、と身をよじる心優しい人たちがわんさと控えているのはたしかだ。

動物の血や膿にまみれた毛をみると重傷とおおげさに思い込んでしまう性癖は恥ずかしながら、ボクにもある。専門的な獣医学の無知が、動物への感情移入を増幅させている事実は素直に認めねばならないとおもう。

――動物実験について、さきほどいわれた部外者のチェックはどの範囲まで可能でしょうか。

「問題は部外者との対応に時間をとられることだ。査察制度の発達している欧米では査察官の立ち入り検査に備え、専属の係員がいる。わが国ではとてもそんな予算は認められないだろう」

例えば、Aさんの職場は国立の一流の施設だが、動物の世話や実験の準備をする正規の職員はきわめて少ない。「動物を犠牲にした貴重な実験を実りあるものにするためにも、日ごろの動物の扱いは重要だ。現実には多忙な研究者が時間をさいて世話している」と嘆いた。

多くの動物保護団体は施設の公開は難しいとしても、当面はせめて欧米並みに部外者を加えた実験の事前審議会制度や施設の登録制を広めたいと要求している。これについて、実験動物研究の世界でボスといわれる先述の安東潔さんなどは「動物への行き過ぎた感情移入が科学の進歩を妨げる」と強調している。

――これについてAさんのご意見は?
「事前審議会制度などの安易な実施には二つの問題点がある。第一はそれが免罪符になって、実質的な動物福祉の向上に役立たず、形式面だけの重視につながりはしないか。

第二は研究者が煩雑な手続きに終われ、科学の進歩を妨げる結果にならないか。欧米では動物保護運動のために実験がまったくできないところもある。何も欧米をまねることはない。われわれは動物実験のもたらす成果とのバランスでものごとを進めていく必要がある。」

少しずつAさんのトーンが落ちているのにボクはいらついてきた。
「シンポジュウムのAさんは斬新にみえた。けれど、こうして話してみると、だんだん調子が落ちてくる感じ。結局は研究者大勢と同じゴールに到着するのでないか。言い回しは違っても、なーんだ、同じことだったのか。」

そんな思いが去来し、それをつい、遠回しに相手に告げてしまった。
Aさんは突然立ち上がり、「当たり前だ、そんなこと当たり前じゃないか。君の子どもが病気だったらどうする。

動物の百匹や千匹、どうなってもいいのだ。いくらでも殺してやるぞ。そんなの平気だ。私だって、私だって」。両手をぐるぐる回して叫びだした。

一体何が起こったのか。ほどなくAさんもわれにかえったように黙然と力なく椅子に座りこんだ。

それからAさんはうってかわった静かな口調で、「うん、私も動物たちをかわいそうにおもうよ。でも、これは運命だな。モルモットなんかでも、二つにわけるのだ、実験するグループと、しない対照群とにね。

一方は地獄、一方は天国だ。はい、お前はテンゴク行き、はい、お前はかわいそうだがジゴク行き、と唄を歌うようにして仕分けしていくんだ。私の指先ひとつでモルモットの行き先が天と地になる。運命の分かれ道だよ。

私は神様だ。神様っていいものじゃない。でも仕方ない。そのうち神様業に慣れてしまう。考えてみれば、人間だってモルモットと同じじゃないか。みんな運命なんだよ…」

ボクはAさんと少し気まずく別れた。その後、動物保護団体の何人かに聞いたが、Aさんはかねて「職場への気兼ねと良心との板ばさみでご自分もつらい立場なのよ」ということらしかった。