76 動物実験⑧ 良心的な国立大学医学部教授の話

    ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 76

76 動物実験⑧ 良心的な国立大学医学部教授の話  

動物福祉シンポジュウムの研究者側(とくに実際に動物実験に携わる人たち)の論調はおおむね、実験動物の身の上など、どうでもいいではないか、要するに人間側の研究成果だけが問題なのだ、という雰囲気が充満した。そのなかで、ひときわヒューマンで良心的に響く発言をしたのはAさんだった。

現在、一流国立大学の医学部教授を勤めるAさんは、若いころの動物実験を振り返って「手段を選ばず、後で深く悔いることがあった。他の研究者も同じだと思う」といくつかのホンネを語っている。

1実験動物を必要なときに必要な数だけ、できるだけ安くわずらわし い手続きなしに入手したい

2実験の準備や手続きはできるだけ省略したい。動物が痛くてもかま わない

3実験が残酷と感じてもそのうち慣れるので、他の実験方法を工夫す るのは面倒だ

4外科処置などのあとで動物がどんな状態になろうと実験終了時まで 生きておれば実験は成功である

5目的とするデータが得られればそのときが実験終了であるから、そ のあとに動物がどうなろうとかまわないーをあげた。

  そのうえで「私がそうであったように、研究者はややもすると目的のためには手段を選ばず暴走し、後に深く悔いることがある。臨床獣医学で蓄積された動物の苦痛に関する資料を参考にして人間的な心で動物に接していただきたい」と結んでいる。
 
「私の周りには残酷な実験など絶無だ」と言い張る研究者が多いなかで、これらの発言はきわだって斬新で密室のベールが捲くられた気がした。

研究者のなかで稀な動物の庇護者に違いないAさんをボクは訪ねた。
真新しい研究所でAさんは匿名を条件に快く、にこやかに応じてくれた。

 ――日本は動物実験を規制する法律がありません。野放しです。だから欧米の会社で日本に研究所を設立するケースが目立っていると聞きますが?

「欧米の製薬会社が最近日本に研究機関を設立しているのは、自国では法規制が厳しく動物実験が難しいからという面も確かにある。日本は動物実験天国といわれた時代があったのは事実だ」とAさんは率直に答えてくれた。

また、多くの研究者について、「動物福祉の精神に富んだ研究者ばかりとはいえないことは事実だ。かなり個人差はある。いつの間にか研究者の感覚が麻痺してしまっているケースもあるだろう。研究に支障が出なければ部外者のチェックを受けるのもいいかもしれない」ともいった。

しかし、メモをとるボクになんだか不安になったのだろうか、だんだんと口調がその他大勢の研究者サイドに傾いてくる。

「日本もだんだん改善されつつあるのですよ。それにね、欧米のように規制が強すぎるのも問題だ。動物実験には金と手間が要る。わずらわしい。微妙な数値を求められる研究で動物を使った実験は難儀なことが多い。

研究者は、できればコンピュータで代用したいと願っている。そのほうがよほど楽で効率的でもあるのだ。だが、人間の生体実験ができない以上、動物に頼るほかはないケースがあることを知ってほしい」

――けれど、だからといって、動物に何をしてもいいということにならないのでは? どこかで歯止めが必要ではありませんか。

「実験を全面廃止せよ、と主張する団体の人に聞きたい。あなた自身は現代医学の恩恵を拒む覚悟があるのですか?と。

ほかに方法がないから、わが研究機関では倫理性、安全性、科学性を考慮して動物実験をしている。人と動物のどちらの救済を優先するかの選択の問題なのだ。」

だんだんAさんの口調が高揚してくるのがわかった。(次回につづく)