70 動物実験② ぼくの洋服はこれしかないの、持っていかないで!

   ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 70

70 動物実験② ぼくの洋服はこれしかないの、持っていかないで!!

 NPO法人動物実験の廃止を求める会」はいまでこそ国際的にも知られる動物保護団体だが、当時はまだ発足して数年。会も、リーダーの野上ふさ子さんも若々しかった。東京文京区の狭い事務所を訪ねると、細面、色白、めがねをかけた野上さんがひとり待っていてくれた。正面に「ぼくの洋服(毛皮)はこれひとつしかないの。持っていかないで」と泣きながら懇願している小動物の動物保護のポスターがあり、センスがいいな、とおもった。

初対面の野上さんはいかにも優しい女性といった風姿で、実験動物や毛皮を剥がれる動物の悲惨を写真やビデオをみながら淡々と話してくれた。感情に流されない、抑揚の乏しい語り口がかえって動物たちの悲惨を浮き上がらせた。ボクは簡単にあの投書からの救済を期待してきたのだが、動物実験の問題はそんなに簡単でなかった。

野上さんは内外の情報、文献にもくわしく、ボクは夢中で野上ふさ子詣でを続けた。そこで得た情報をもとにいくつか記事も書かせてもらった。しかし、知れば知るほどボク自身が悲惨と絶望の泥沼に沈んでいく予感がした。

気の弱いボクは長く向き合うことはできなかった。野上さんにすれば、ボクなど玄関を汚しただけの存在にすぎまい。とにかくボクは遁走した。これらの経緯はおいおい述べるとして、このブログを書きながら、改めて最初の投書を思い出した。

いまも問いたいのは、ここで紹介されているような教育実習の意義、意味、必要性だ。卒業後、学生は具体的に、どのように役立ったのか、この残酷さに見合うメリットは何だったのだろうか、ほかに方法はないのか、ということだ。

投書の主に質した。
彼女は薬剤師をしながら、長年、地域の捨てられた犬や猫、動物たちの保護活動を警察や行政と交渉しながら実践的に献身的に続けている。ボクの問いにメールで「あのウサギの実習に限って申しますと、生命の尊厳や、苦痛等、相手の立場を一切無視した、あえて冷酷が正しいかのように…。略。私にとっての有為性、有益性は何もありませんでした」と答えてくれた。生きたウサギを切り刻み、失禁させ、それを女子学生らが爆笑し、その結果は、こんなことなのか。

解剖実習の問題をもう少し詳しく知りたい。ネットを探してみた。懐かしい名前が出てきた。「なかの・まきこ」さん。野上ふさ子詣でをしていたころ、事務所で出会ったのだった。

仙台からやってきたといい、まだおかっぱ頭で、人形のようにあどけない女子高校生だった。自分で文章や絵をかいて、動物保護の雑誌「ひげとしっぽ」を出している。「かわいそうな動物のために尽くしたいんです」と小さな声で短く話した。

その後、獣医学部の学生となっても雑誌の発刊は定期的に続け、全国的に読者のネットワークを広げる独自の活動を展開していった。ボクは学生時代の彼女とも東京や大阪で何度か会い、記事にも取り上げさせてもらったが、この10年近くご無沙汰している。

彼女のホームページによると、獣医の傍ら、動物実験や野生動物の保護に取り組んでいる。そして、内外の文献を駆使したみごとな卒業論文「教育現場における動物実験代替法の導入について(要旨)」が掲載されていた。

そこに、はからずも4人の経験者のコメントが、まるでボクの質問に答えるかのように引用されている。
 日本の大学の医学部・獣医学部を卒業し、現在は臨床の現場で活躍する医師や獣医師のみなさんである。
 彼女なら大目に見てくれるだろう、コメントを無断で孫引きさせてもらう。(次回につづく)