53 子猫と抱き合って暖をとる?

     ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門 53

53 子猫と抱き合って暖をとる?

 春になって、三毛の餌場に、国道沿いの溝を根城とするデビルが出没しはじめた。餌を食ったり食わなかったりの三毛のおこぼれをねらって200メートルほど先からやってくるのだ。それでなくても食いつきの悪くなっている三毛は、神経をとがらせて、餌に近付きもしない。陽動作戦をとる。様子をうかがっているデビルには野外駐車場近くの車道の溝に、先に餌をやる。デビルが食べている間に、三毛には野外駐車場のランドクルーザーの下に餌を置くのだ。最近、三毛はこの餌場を好むようになっていた。

 山賊の風貌のデビルはボクの好みではなかった。しかし、毎夜、溝の奥に身を潜め、ボクがいくと、ぎょろりと見上げる。ビニール袋から餌をとりだすのが遅いと、催促するように前足でひっかきにくる。2,3度、指に血が出た。雨水の流れる国道の溝でも両足を踏ん張ってじっと待っていたことは19回「さらば花盗人」でも述べた。このひたむきさにだんだん情が移った。

 晩春の午後だった。いつもより遅く出勤し、たまたま野外駐車場を通りかかった。道路に面してゴミ箱があるが、その傍らに黄色っぽいボロ(襤褸)が捨てられている、と思った。しばらく通り過ぎてから、ふっと三毛が閃いて引き返した。もし三毛だったら、ついてこられても困るので、少し離れた場所から観察した。やはり、猫である。でも、三毛にしてはあまりに無残だ。貧弱に痩せ細り、体毛がすかすかに波うち、ボロ毛布のようにくたびれ縮れている。だらしなく死骸のように倒れて動かない。三毛とは長い付き合いだが、暗い場所で人目を避けた束の間の出会いばかりである。風姿の細部は知らない。確認できないまま駅に向った。

 その夜も三毛は案外元気な足取りだった。餌の食い付きもひところよりましになった。妻に昼間のことをいうと、「別の猫じゃないの」と信じなかった。それより、昼間、そんなにのんびりしておれるのは、きっと近所の人にもかわいがられているのよ、と妻はほっとしたような顔だった。そういえば、クルマ止めにちぎった竹輪が残っていたり、空のビニール容器が転がっていることがある。ボクら以外にも三毛のスポンサーがいるのかもしれないと思うと、気が楽になった。

 野外駐車場そばの千里川に数匹の蛍が点滅する光景が流れ、やがてまた夜風の冷たい季節がめぐってきた。「あれから1年、三毛はよくもったなあ」と妻と感慨を話し合った。そのころ、三毛の周辺に黒い子猫(チビ黒)が突然現れ、大声で鳴きながらしつこくボクたちに付きまとうようになった。またも陽動作戦だ。デビルの餌場のそばに餌を追加した。ところが、このチビ黒を狙って別の茶色の猫が出現。途方にくれていたら、チビ黒は三毛に接近した。どういうわけか、三毛はチビ黒を嫌がらない。二匹は親子のように並んで餌を食っている。

 橋にさしかかると、疾駆してきたチビ黒がもう足元にきている。橋をいっしょに渡ると、向こう岸の欄干の石柱に座っていた三毛が飛び降りて合流。2匹のネコに誘導されるように餌場に向かう、そんな日々が続いた。「三毛は寝るとき、チビ黒と抱き合って暖をとっているのよ」と妻が言い出した。それほど仲良く見え、三毛もなんだか生き生きしてきたようだ。

 年が明けた。
 もうだめと思っていた三毛は新年を迎えた。
 しかし、異変がふたつ続く。
 雨水の溝でも必死にこらえていたけなげなデビルが突然消えた。付近を捜したが、あのぎらぎらした男盛りの風貌を二度と見ることは出来なかった。
 それからほどなくチビ黒もいなくなったのだ。「餌もちゃんとやっているのに、三毛の介護がいやになったのかしら」と妻はまたひとりぽっちになった三毛を案じるようにつぶやいた。
 2匹はどうしたのだろう。人間にいじめられたのか、交通事故か、それとも異性を求めてどこかへ出発したのだろうか。