31  ある日いなくなったローソンの2匹

ノラ猫たちとさまよったボクの仏教入門  31

31  ある日いなくなったローソンの2匹  

極チビを施設へ入れ、ほっとしたところへKさんから突然電話があった。ローソンの店長が「あの猫たちが裏の家の屋根裏に巣をつくって棲んでいる。なんとかしてほしい」といってきた、あす捕獲にいこうとおもうという内容だ。
寝耳に水である。腑に落ちないこともある。なにより、せっかく痛い手術をすませたばかりの2匹にこれ以上追い討ちをかけて苦しめたくない。
「ローソンの裏は畑ですよ」
「でも、家はあるんでしょ」
「そりゃ、あります。でもとくに大きな家でもない、普通の家が並んでいます。人が住んでいます。ネコが屋根裏にはいるのはたいへんだし、そこで巣をつくるなんて。なんという人の家ですか? 調べてみます。」
「店長もそこまでは知らないといってます」
「家の主も知らないのに、屋根裏だって断定するのですか。とにかく、おかしい。あのネコたちはもうローソンを根城にしてませんよ。川原とか、川原のこっちのアパートにいます。裏手は関係ないとおもいますけど」
「いや、駐車場の自転車とか、二輪車に乗って汚すらしい。ご主人も2匹がローソンの玄関付近にいたら、追い払ってくださいね」
「2匹はこのごろローソンではみかけません。たまに、川原沿いの緑地でみるけれど、自転車置き場と反対側で、客とは関係のない場所ですよ。」
「うーん、店長はネコが嫌いみたいで」
「ネコはローソンに迷惑をかけていないようにおもうし、裏の家もおかしい。もし、ほんとうだとしても、それは裏の家とローソンの関係で、なにもKさんがはいっていく必要はないんじゃないですか。」
「でも、ローソンは私のところへいってきたんですよ。」
「ローソンはあなたを利用しようとしている。あくまでローソンと裏の家のことでKさんがそこまで責任を持つ必要はないとおもう。どうしてもというなら、ローソンは保健所にでもどこにでも頼めばいい。Kさん、ローソンにそういってやればどうですか?」
「そんなこと、私はいえません。2匹がかわいそうじゃありませんか。しかるべき所に囲ってやりたい。」
「ローソンを信用するのか、ボクのいうことを信用するのか、の問題ですね」

 おたがいが少々、むきになっていた。ボクが不快だったのは、Kさんはどうもボクに捕獲を手伝ってもらいたいようなのである。そればかりか、捕獲後の後始末――つまり、例の施設に入れさせようとしている雰囲気を感じたのだ。ボクは金銭をけちったのでない。2匹を少し自由にさせておいてやりたかった。
ふいにKさんは激昂して、「もともとご主人がいってきた問題でしょ」と声を荒げた。
「そうですよ。ボクのお願いしたことをしていただいて感謝していますよ。それで充分です。それ以上のことはお願いしていませんよね。それ以上のことをボクに押し付けてくるんですか」
Kさんはがちゃんと電話を切った。
 
ボクはKさんを紹介してくれたエミさんに事情を説明した。
エミさんは「すべてのノラ猫をそういう施設にいれられないもんね。不妊手術をすませておけば、住民も理解してくれるとおもう」といった。

 夜、餌やりにいきながら、ボクは妻にブツブツ愚痴った。
 「ボクたちのノラはあの2匹だけじゃない。先輩の三毛やチビはどうなるのだ? ローソンが営業上困るというなら、営業努力のなかで解決すればいい。なにもボクたちが利用されることはない。それにもし猫嫌い店長だとしても、人間の4割は猫好きだというからね。Kさんは店長にそう詰め寄ればいいのに」

Kさんは自分では猫も犬も飼っていない。観念的には献身的な動物保護の運動家なのだろうが、実際に個体として動物と接している者との間には、理屈ではわかりあえない温度差みたいなものがあるようにおもった。

 予告どおり、Kさんは翌日ローソンにあのライトバンでやってきた。ボクはいかなかった。妻がわずかだが、差し入れを持っていった。そして同夜の捕獲は失敗だったようだ。数日後、ローソンに「ノラ猫を捕獲します。ご協力ください」の張り紙が出た。
それから2週間ほどして、突然2匹が消えた。その前夜もボクらは2匹ともつれるようにして川原の餌場に走ったのだった。1ヶ月間ほど陰膳のように餌を持ち歩いて2匹を探した。

2匹はどこへいったのか。Kさんのしわざか、別の業者か、保健所か、事故死か。それともあまりにかわいいので、客のだれかに2匹そろって飼われているのか。いやいや、薄幸の兄妹2匹は旅情の赴くままに、さすらいの旅に出たのか。ローソン前を通ると、いまもひょいと現れるような気がして、目を凝らすことがある。